_

備忘録

日本語勉強会を見学させてもらったので、記録。

 

初級 第10回 16:00-17:00 参加者 男3人 女4人 

自習室のような部屋に、簡素な長机と椅子と真っ白なスクリーン。先生役の男性(メンバーの代表。便宜上、以下先生)がパソコン画面をスクリーンに映して、「肉」の書き順を見せていた。(ソフト「jisho」。)先生を含め全員がひとつの机を囲んで、同じ目の高さでやりとりされるので、先生対生徒ではなく同じ方向に向かってる。

 

日本語検定試験の問題を使って、先生が生徒に読み方や意味を訊ねながら勉強会が進んでいく。マウスを文章に近づけると、英語で辞書的説明文が出てくる。(ソフト「rikaichan」。)「ないで+ください grammer」で検索をかけ、例文を羅列して文法表現を教える。調べ方を共有することで自学がはかどる。先生は先導している一方で、補助的補完的。

 

新しい単語(階段)に出会ってノートに書き留める人々。これはメモ、という投げられた作業でなく、どんどん進んでいく中で知らないものに出会ったときに拾う。

 

ひらがな表をファイリングしている人(あ安 か加 さ佐 た太…)、ひらがな表を自作している人、カタカナの「ロ」の欄に見よう見まねで四角のますを書く人、ノートに「さ」と「ち」を書き並べる人。

 

「11ごろねました。」ごろ  の単語を知らないと意味を拾えない。単語の区切りがわからなくてつながっているように見える。語彙の理解があってはじめて音の並びに意味が加わる。

 

「電話をかけました」かける  の意味を辞書で調べたら、掛ける/欠ける/駆ける/賭けるとたくさん出てきた。ある程度の語彙と規則、あとはひたすら日本語に触れて出会っていくしかない。

 

中級 17:00-18:30 参加者 男2人

「それから/すると/それに/それで」それぞれを英語で説明するということ。クロアチア語(英語)での説明力と日本語の理解力を兼ね備える先生。まだ4月、と、夏服、を「それで」でつなぐ。

 

Googleで検索をかけて助詞の正解を見つける。は/に/を/で の中で「を+通る」の検索件数が一番多いのでこれが当たり。一般的使われ方を検索件数で知る。

 

直線的な理解に先生が肉付けをする。そういえばこれもあるよ、みたいなつなぎ方で抵抗を少なくしてさりげなく新しい情報を伝える。

 

生徒の自発的読解中心で、前へ前へと前のめりな知的好奇心。あと15分で終わるという緩みは彼らにはなくて、次々と新しい問題に取り組む。おしいれって何。興味を持って考えるも解決できなかったときに、先生がフォローする。先生は知っているけど偉いわけではなくて、たまたま詳しいから共有するよという姿勢。少人数だからか、生徒との年齢がさほど離れていないからか、学校教育の枠組みでないからか、ボランティアだからか。

 

新しいことばに出会ったら調べて音をなぞる。間違えることを恐れないで声に出して読む。間違ったら先生が正してくれるので、自分がわかっていないことに気付いて吸収する。先生になんでも質問できる空気。手を挙げてみんなの前で発言、といった重みはまるでなくて、なげかけ、会話。力むことなく、集中力を保ち、好奇心はあふれる。空気がゆるく整っている。

 

・・・

 

毎週土曜夕方、クロアチア人がクロアチア人に日本語を教えているということ。教えられるほど日本語理解のある人がいるということ、学校の枠外なのに自発的に学びたい人々がいるということ、ここがクロアチアだということ、いろいろすごい。

 

勉強会の後、先生が「今日は学校の試験前で生徒が少なくて残念だった。またあそびに来るときがあれば一緒に勉強会をやろう」と言ってくれてうれしかった。正直なところ、これからどうなりたいのかまだふわふわして手探り模索中だけど、好奇心のままにもがいていけばいい。

 

あるご年配の方が「俺は暇だからいろいろやってみたんだ」と言っていて、そのいろいろやってみたことがスケールが大きくて格好良くて、わたしも暇だから身軽にいろいろやってみようと思った。

クロアチアに引っ越してよかったと思うことは数えきれないくらいあって後悔なんて微塵もないけど、ひとつ、生活から本が抜け落ちていることに気付いて少し哀しくなった。いや、かなしいともさびしいとも違う。言葉で形容するのは難しい。

 

無料で本が読める環境が恋しい。いつだってないものねだりだ。

隣村ハイキング

f:id:pagesan:20170419175542j:imagef:id:pagesan:20170419175611j:imagef:id:pagesan:20170419175627j:imagef:id:pagesan:20170419175525j:image

 

海づくりは山づくりと言っていたのは気仙沼の牡蠣養殖所の人だっけ。