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橙灯

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141228 4日目 ハリドワール

冷水を あつめて流し 我が母体
 
髪を濡らすために1回、泡を流すために1回、シャンプー分で2回も冷水を浴びたからもういいやと思った。コンディショナーで髪のコンディションを整えるのを断念させちゃうほどつらい冷水と、キシキシ髪の毛で、ここの朝ははじまる。(夜のお風呂で1日の疲れを癒したいひとだけど、夜に入ったらとてもじゃないけど寒さで眠れなくなるから、仕方なく朝になる。)
 
お湯が出なくて、出ないよって伝えて、直ったよって言われて、まだ出なくて、このいたちごっこは前も今回もインドおなじみで、愛おしさすら感じるわけもなくただただ寒い。毛穴という毛穴がフル稼働して、外界と線をひきたくて、タオル、服、布、なんでもいいから包まれたかった。部屋は夏仕様だから暖房もなくて、ガクガクしながら髪の水をタオルでとっていると、praveshがぽかぽかレモン水を持ってきてくれた。最高か。極楽か。お風呂上がりのコーヒー牛乳(瓶)自販機のような登場の彼を拝む。グラスにぺたりと手を貼りつけ、だましだましで暖をとる。あつっ、あつっ、あつっ。
 
praveshにドライヤーはあるか訊くと、「外に出ればそのうち乾くよ」と冗談なのか本気なのかわからない答えが返ってきた。たしかにHaridwarの日中はあたたかくて、ヒートテックとYシャツで快適だった。
 
豆カレーをたべて、praveshと山登りにいった。山に入る手前に、パン食い競争のパンみたいに大きな鈴が吊り下がってて、ジャンプして鳴らして、着地したら右の靴が壊れた。靴の底のデコボコが根こそぎ持ってかれて、大きな穴ができた。というか、ほぼ靴下だった。
 
最初は下を見て選びながら歩いていたけど、だんだんどんどんるんるん山を登っている自分にたのしくなっていった。特に灰色の砂を好んで歩いた。舗装もなにもされていない手付かずの地と、布一枚隔てて触れて、押し返されて、ああもうサイコーサイコーサイコー。小さい頃、砂利道を裸足で痛い痛いと歩いたあの感触を思い出せて嬉しかったのもある。右足と左足の違う感触をひとりで同時にかみしめて、長い長い一本道をひたすら一時間くらいかけて登った。
 
頂上についてからは、praveshの真似事をしてお参りをして、おでこにオレンジの模様を描いてもらって、手首に赤い糸を二重にも三重にも巻いてもらって、何も知らない異国人らしさに辟易しながらニコニコまわった。帰り道はインド産の真っ赤なスカーフをリュックにしまいこんで、足早に山を下った。
 
カレー屋さんでおじいちゃんにゴールガッペーをたくさん食べさせてもらった。ゴールガッペーとは、片手サイズの空洞せんべいに液体カレーをいれた、クイっと飲むたべもので、カレーは飲み物なんだなと思わさせられた。クイっと飲むと、ホイっと新しいゴールガッペーを渡されて、わんこそばみたいに食べた。それからおじいちゃんにお菓子屋さんのショーウィンドウに連れられて、好きなもの何でもいいよ、と言われてどこかの姫様にでもなったような錯覚と恐縮さの中で、蛍光黄色の小さなものを選んだ。その場でいただいたらとびっきり甘かった。
 
真っ暗な夜に幻想的なオレンジライトのもと、ガンジス川で沐浴をするひとびとをみながら、わたしはヨソモノらしくカメラを向けるのかと思ったら、途端にすべてが嫌になってしばらくカメラを放置した。こうしたところでどうにもならないけど、これは何でもかんでも切り取って残さないと気が済まなくなってしまったわたしへのささやかな抵抗で、気の赴くままにレンズをのぞけばいいと思うようにした。
 
praveshとふたりで休憩しているときに、見知らぬ老人がヒンディー語でまくしたててきた。何を言っているかさっぱりわからなかったけど、老人がつっかかってきて良くない雰囲気は感じ取れた。英語があまりわからないpraveshに、kyaa huaa?(どうしたの)と訊くとkooi baat nahiin(なんでもない)としか言わなくて、結局わたしのヒンディー語ではどうしようもなかった。あとからヒンディー語と英語のわかるお母さんに話をきいてもらうと、老人は若い男女が一緒にいることに対して言ってきていたのだという。みんながみんな批判的なわけじゃないけど、年を召したひとや田舎の方だとこういう考えもあると話してくれた。数分おきにメトロが走ってる首都デリーも、お見合い結婚が主流な地方も、トイレのない田舎も、インドは大きく広い。
 
歩いていると、異国人のわたしに「ハイ、マダーム、これいるか、これはどうだ」と物売りのひとびとが声をかけてきて、そのたびにpraveshはヒンディー語であしらってくれた。物売り達は後ろから言葉を投げてきて、わたしは理解できないから何を言われても平気だけど、praveshを察したらごめんなさいと思った。明日からはひとりででかけようと思った。
 
どこに着地するかわからなくなったけど、夜のガンジス川は、千と千尋の神隠しの船がやってくるワンシーンみたいでずっと眺めていたいくらいよかった。嘘。たとえられない。それ以上でもそれ以下でもなく、とにかくよかった。