_

中距離

5月を上書きする。部屋に帰っても誰もいない。五月場所をひとりでみる。ラムネをひとりで飲む。そばはつくらない。露天風呂がすてきな旅館は行かない。植木市も近所の神社も美味しいジェラート屋さんも行かない。

社会人になって一ヶ月が経った。研修では、組織の一員になるということ、をひとりひとり発表して、ちゃんとした同期のちゃんとした声での模範解答をきいて、ちゃんとしてるなあって思った。

今年は花粉症のひとだった。生活しているだけで涙がボロボロとでてくるおかげで、随分と涙というものを考えさせられた。入り込んできた異物を外に押し返そうとして涙がでてくるのは、すごく自然で、からだの原理にかなっている。つまり、かなしいから涙がでてくるのはすごく不思議なことのように思う。かなしいと思う前になんだかわからないけど気の緩んだすきに涙がでてくることすらある。おもしろい。

職場には屋上がある。小学生の声がきこえる。布を敷いて、イヤホンで外を遮断して、目を瞑ると野外フェスにいるような錯覚をおこせる。まずい弁当もなんだか寛容に食べられる。お腹が膨れればそのまま布にくるまって眠る。一応日焼けが気になる。

「いつもにこにこしてるね」なんて言われると、もう、ゾッとする。

うそっぽい。茶番。完璧につくられている偽りの空間に力をかけるけど、やっぱりむずかしくて、生きるってたいへんだなと嫌気がさす。常識とか当たり前とかじぶんのものさしを他人に押し付けないでほしい。

7月はクロアチアに行きたい。

無垢

f:id:pagesan:20150214095542j:plain

150104 11日目 バラナシ(インド)

なぜかバラナシにいる。
予定では寝台列車でデリーに着いてスリランカ行きの飛行機を待っているはずなのに。

こうなったのも、寝台列車が30時間遅れというインド人もびっくり状況に巻き込まれたからである。このスリランカ行きの飛行機に乗らないと日本に帰れなくて、卒論中間発表に間に合わなくて、卒業も危ぶまれるんじゃないかなって。バラナシとデリーは800km以上離れていて、フライトまで24時間もなくて、バスもタクシーチャーターも厳しいぞむむむと。スリランカ航空にフライトの変更を問い合わせて、新たに日本行きのフライトをさがして。じゃあどうする、じゃあこうしてみる、あれやこれやとやっとこさで国内便を手配できた頃には、夜11時をまわっていた。

ホッとひと安心したら、朝から何も食べてないことを思い出して途端にお腹が空いた。適当に食堂らしきところに入ると、メニューはヒンディー語のみで地元民御用達感があった。閉店時間が近づいているらしく、椅子をテーブルの上にあげたり、まかないを食べたりしている従業員達を横目に、マッシュルームパニール(マッシュルームとチーズのカレー)を食べた。外国人用にスパイス調整されてなくて、大当たり、うますぎ。これが最後の晩餐かとセンチメンタルジャーニーに襲われて、惜しむように味わった。

そんなこんなでバラナシ空港からデリー空港、コロンボ空港へ飛ぶ。お金とわたしと飛ぶ飛ぶ。
コロンボ空港では、発着ロビーでこうちゃんと折り紙をして遊んだ。パタンと半分に折ったり重ねたりしたものを組み合わせて、「これが家で、トンネルが繋がっててね、」ってひとつひとつ説明してくれた。いいなあと思った。

ふと思い出す。いくつのときだろうか、家の前の草をすりつぶして「薬草だよ」とお母さんに見せると、「薬草っていうのは薬の草で、これは薬じゃないからちがうでしょ」と言われた。よくわかんないけど悔しかった。

いつのまにかおおきくなって、すこしだけ賢くなって、経験もつんで。
いつのまにかおおきくなって、現実に見えるものしか見れなくなって。

こうちゃんみたいにありたいと思う。見えないところに想像力をはたらかせて、ワクワクしつづけたい。地に足がついてないよ、現実を見据えろよ、それもわかる。だけどそれにワクワクを殺されたくはない。夢見る少女でいたい。


そうして、こうちゃんはわたしに、なんで靴を履いていないのか尋ねた。
なんでと訊かれるとなかなか難しい。
壊れたからといえばそうだけど、新しい靴を買おうと思えば買えた。
だけど買わなかった。靴を必要と思わなくなった。なにより、布一枚越しの地の感触を気に入ってしまった。

一週間前、ハリドワールで山に登ったとき靴が壊れた。そのあと赤い靴を買った。550ルピー(1045円)、路上のチャイなら110杯も飲めてしまう。インドにしてはなかなかいい値段だったけど、日本でも履けるようにと少し上質で洒落たものがほしかった。だけどこの靴も結局すぐにつま先部分が破けて、穴がおおきくなって履けなくなった。

インドで4足の靴を捨てて、今ある状況で満足するようベクトルを変えようと割り切ったとき、靴下で歩いていた。からだと一体化した足元というか、底の薄い靴を履いているような、不思議な、だけど悪くない感覚。というより寧ろ、地からの押し返しがたまらなくいい。汚してはいけないところでは、靴を脱ぐように、靴下を脱げばよかった。こんな簡単なことだった。


(福島は雪が積もっていて寒かった。だから靴を履いた。あたたかくなった頃にまた靴を脱いで地の押し返しをたのしみたい。)

挿入歌

f:id:pagesan:20150212161611j:plain

150103 10日目 バラナシ

映画を観にいった。
haridwarのおじいちゃんや学生達、車内の女の子達、複数人にオススメの映画を訊いたところ、みんな口をそろえて「PK」と言っていた。主人公はアーミルカーン。彼をインドの映画館で観れるとあってすごくワクワクした。

映画館は思いの外、小綺麗なつくりで驚いた。(トイレを除く。)カウンター越しの売店も日本と同じ図で、スクリーンは十分なほど大きくて、椅子はひじかけ付きでフカフカしている。まわりをざっと見てもかなりの数の席がある。これで128ルピー(244円)。

映画がはじまるとカメラワークが気になっちゃって、ツッコミどころ満載だった。こうも制作側に意識がいく映像もなかなかない。なんとなく今まで観ていた映画らによって、自分仕様なるものができていたんだなって思わせられた。ポンと守備範囲外のものが放られると、内で形成されていたものに気付かされる。「こういうもんだ」っていう無意識の思い込みにハッとさせられる。

英語字幕なしヒンディー語のみでも徐々に中の世界に引っ張られていった。それはアーミルカーンの役の愉快さが全面に押し出されていたり、踊ったり、唄ったり、ことばを差し引いた伝達手段に長けている作品だったからのように思う。

帰国してから挿入歌をさがして聴いてみると、思い出すわ思い出すわ、あのシーン、そのシーン。彼女が異国にやってきて自転車をこいで、公園でイチャイチャして、ふたりで踊って、唄って。

音(と匂い)は古い記憶をひっぱりだしてくれる。冷凍庫の奥底に眠っていたカチンコチンの肉を発掘したような。当時の空気感も感情もそのまま冷凍保存されていて、ふとしたタイミングで解凍される。あのときの恋心が、もやもやが、息苦しさが、一気によみがえる。そうした引き金を随所にちりばめて、過去と今をタイムワープする。音ってすごいよ。ほんと。(途端に安っぽいな)

上映中のひとびとは、「よくやったな!」と拍手をしたり、ヒューと歯笛をしたりして登場人物達を讃える。自分も傍観者というより参加者で、巻き込み型というかなんというか。わたしの隣に座っている彼は電話に出て、後ろの人々は小声で話していて。こういったひとつひとつで自分の当たり前がおもしろいように覆される感をたのしんで、おおきなひとになれたらいいなと思う。

自分のものさしで測ってしまうきらいがある。価値観を相手に強要しているわたしに気付いたとき、ゾッする。

こっちいったり、あっちいったり、寄り道大魔神の文ができた。

 

未明

f:id:pagesan:20150212160832j:plain

150102 9日目 バラナシ

デリーから寝台列車で12時間、バラナシへと向かう。1年4ヶ月前も寝台列車でバラナシに向かっていた。くすんだ青い車両、無機質なシャワー付トイレ、かたいベッド、通路の距離感、ひとつひとつの部位が懐かしい。

車両と車両のつなぎ近くにトイレがあって、ドアのところにいると、インド人男性が「どうしたの、大丈夫か」などと寄ってきた。なんか気持ち悪いなあと思っていると胸を揉んできた。呆気にとられて、いやいやいやと、怖くなって逃げようとしたときにお尻も触られた。どうやら彼は電車の従業員らしく、シーツ回収にやってきたときにわたしをみてニヤニヤしていて、三回死ねばいいのにと呪った。

なにが起きても自己責任、自分を守れるのは自分だけなのだと痛感した。
こういうことを書き記すことに抵抗があるし丸ごと消し去りたいけど、戒めとして残す。


バラナシに着いて、大学にいったり友達に会ったりカレーを食べたりカレーを食べたりカレーを食べたりした話はまた今度。